横浜地方裁判所 平成7年(行ウ)27号 判決 1997年7月16日
原告
大川隆司
被告
横浜市長
高秀秀信
右訴訟代理人弁護士
會田努
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告が、原告に対して、平成七年五月二六日付けでした別紙一「下水道事業団工事請負設計図書送付一覧表」及び別紙二「下水道事業団工事請負設計書一覧表」記載の各文書に関する公文書一部公開処分のうち、「設計金額、設計単価、歩掛、執行予定額」を非公開とした部分を取り消す。
第二 事案の概要
本件は、原告が、横浜市公文書の公開等に関する条例(以下「公文書公開条例」という。)に基づいて、横浜市が日本下水道事業団(以下「下水道事業団」という。)に委託した請負工事に係る「設計書」等の文書の公開を求めたところ、被告が、右文書に記載されている「設計単価」等が公開されると、今後、横浜市が競争入札を実施して発注する工事の予定価格を容易に推認できる結果となり、契約締結事務の公正又は円滑な執行に著しい支障が生じるおそれがあるという理由により、右文書のうちの「設計単価」等、一部記載事項を非公開としたことから、原告が、右非公開処分の取消しを求めている事案である。
一 争いのない事実
1 原告は、肩書送達場所に法律事務所を開設している弁護士であり、公文書公開条例五条二号により、横浜市の公文書の公開を請求できる者に該当する。
2 原告は、平成七年五月二日、被告に対し、横浜市が下水道事業団に委託した別紙工事目録記載の一八件の設備工事(機械設備及び電気設備工事、以下「本件工事」という。)に係る別紙一「下水道事業団工事請負設計図書送付一覧表」及び別紙二「下水道事業団工事請負設計書一覧表」記載の各文書(以下「本件文書」という。)の公開(写しの交付)を請求した。
3 本件文書は、下水道事業団が工事業者との間で本件工事に係る請負契約を締結するに先立ち、横浜市が実質的な発注者・委託者として各工事ごとに作成し、下水道事業団に送付した「設計書」及び右「設計書」等の送付に関する横浜市内部の「伺書」である。右「設計書」には、本件工事の「設計金額」とその積算の経過及び結果が記載されており、右「伺書」には、「執行予定額」が記載されている。すなわち、右「設計書」には、工事費用を構成する項目ごとに、「設計単価」及びこれに数量を乗じて得られる当該項目の「設計金額」が記載されている。また、労務費関係の項目については、一定の作業を達成するのに必要なのべ人数が「数量」欄に記載されている。建設業界では一般に、この数値のことを「歩掛」(ぶがかり)と呼んでいる。さらに、右「設計書」に記載された項目ごとの「設計金額」の合計金額たる「設計金額」は、そのまま、あるいは、適宜端数処理されるなどした上、「執行予定額」として前記「伺書」に記載されている。この「執行予定額」は、横浜市が下水道事業団等を介さないで自ら競争入札を実施し、業者に工事を直接発注する場合の「予定価格」(地方自治法二三四条三項参照)に該当するものである。
4 公文書公開条例九条柱書は、「実施機関は、請求に係る公文書に次のいずれかに該当する情報が記録されているときは、当該公文書の公開をしないことができる。」と定め、同九条六号は、「市又は国等が行う監査、検査、契約、交渉、争訟、試験、職員の身分取扱いその他の事務事業に関する情報であって、公開することにより、当該事務事業の目的が損なわれると認められるもの、特定のものに明らかに利益若しくは不利益を与えると認められるもの、関係当事者間の信頼関係が損なわれると認められるもの又は当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に著しい支障が生ずると認められるもの」と規定している。
5 被告は、平成七年五月二六日付けで、原告の公開請求に係る本件文書の記載事項のうち、「設計金額」「設計単価」「歩掛」「執行予定額」につき、「公開することにより、横浜市の行う今後の契約締結事務の公正又は円滑な執行に著しい支障を生じるおそれがある」という理由で、公文書公開条例九条一項六号の「公開しないことができる公文書」に該当するとして、これを非公開として上で、その余の部分のみを公開する旨の一部公開の決定をした(以下「本件処分」という。)。
二 本件の争点と当事者の主張
本件の争点は、本件文書の記載事項のうち「設計金額」「設計単価」「歩掛」「執行予定額」(以下「設計金額等」という。)について、「公開することにより、横浜市の行う今後の契約締結事務の公正又は円滑な執行に著しい支障が生ずると認められる」という公文書公開条例九条一項六号所定の非公開事由があるか否か、具体的には、①入札参加業者が公共工事の予定価格を事前に把握していることは、談合を行う上での誘因となるか、②右「設計金額等」が公開されることによって、入札参加業者は、将来実施される公共工事の予定価格をより正確に把握することが可能になるか、という点にある。これらの点等に関する当事者の主張は、以下のとおりである。
1 被告の主張
(一) 予定価格を事前公表することの弊害
国及び地方自治体が行う請負工事に係る入札・契約制度は、一般競争入札、指定競争入札等の方式を問わず、すべて価格競争が行われることが前提となっている。すなわち、右請負工事においては、工事目的、機能、数量、工期等の一連の条件を設計図書、仕様書等によって明示し、入札参加業者が右条件を満足するために必要な工事費を積算して入札し、発注者が事前に定めた予定価格以下の最低価格で入札したものを契約の相手方とする方式が採用されている(競争最低価格制入札の原則、地方自治法二三四条三項本文)。ただし、工事又は製造の請負に関する契約については、当該契約の内容に適合した履行を確保するため特に必要があると認めるときは、予定価格の制限の範囲内で最低制限価格を定めることができる(同法二三四条三項ただし書、同法施行令一六七条の一〇第二項、一六七条の一三)。これらの制度は、地方自治等の公的団体の財政の基本である「最少の経費で最大の効果を図る」ためのものである(同法二条一三項、地方財政法四条)。
予定価格が競争入札が実施される前に公表されてしまうと、入札参加業者が公表された金額にとらわれて自身で真剣な見積作業を行う意欲を失うことになり、企業努力が行われなかったり、技術的競争が損なわれたりする結果となる。さらには、他の入札参加業者との価格調整、すなわち、談合を誘発するおそれがあり、ひいては、予定価格直下への入札価格の集中をもたらすおそれがある。そうなると、価格競争を通じて費用の低減を図り、納税者の利益を最大限に実現するという公共工事に係る競争入札、契約の制度趣旨が根本から否定されることにもなりかねない。
(二) 予定価格の事前公開が談合の誘因となることについて
予定価格を事前公開することによる最も大きな弊害は、談合組織を結成する誘因、あるいは、談合組織を維持・拡大する誘因となり、談合をより生じやすくさせることにある。談合については、日本人に体質に根付いた価値観に起因するとの意見もあり、新聞等で度々報道されているように、なかなか根絶されることがない。
談合は、一般的には、談合組織内で落札予定業者に選ばれた業者が、他の入札参加業者に各々の入札価格を指示することにより行われるといわれている。しかし、たとえ右のような方法で談合が行われたとしても、予定価格についての情報を入手していない限り、一方で、最低札業者(いわゆる「本命」、談合における落札予定業者)の入札価格が最低制限価格を割り込む可能性があり、その場合には、当該最低札業者の入札が無効となって、談合では予定されていなかった他の業者が落札することになる。
他方で、最低札業者の入札価格が予定価格を上回り、その開差が大きい場合も想定されるが、この場合には、指名替えにより他業者の競争入札に移行してしまうため、本命業者は以降の入札に参加できないことになる。すなわち、再度の入札に付しても落札者がいないとき(地方自治法施行令一六七条の二第一項六号)の処置として、横浜市においては、最低入札金額と予定価格との開差が少額である場合(いわゆる「小幅不調」)には、最低入札金額の入札者との間で随意契約の協議を行うこととしている(いわゆる「不落随契」)が、右開差が大きい場合(いわゆる「大幅不調」)には、必要に応じて右入札者に積算の考え方等の提示を求めて比較検討し、発注者側の積算内容に誤りがない限り、指名替え(指名業者の入替え)の措置をとっているところである。
横浜市財政局が平成七年度に発注した工事の入札件数三五二九件を例にとると、このうち、最低入札金額が最低制限価格を割ったものが二一九件、このうち、入札者全部が最低制限価格を割ったものが一六件ある。また、最低入札金額が予定価格を大幅に超過して指名替えを行ったものは三九件、設計見直し等の措置をとったものが八件ある。
予定価格についての情報がないと、右のような事態が生じる危険がつきまとい、談合の結果成就という観点からすると確実性に欠けることになる。しかし、事前公表により予定価格が分かっていれば、右のような事態を回避することができる上、本命業者の落札価格を予定価格に近付けて設定することができ、利益の減少を防ぐことも可能となる。こうした環境が整うことは、他業者を談合に呼び込んだり、談合を維持したりする上で魅力的であり、談合の誘因としては無視できないものである。
右の点に関して、原告は、大幅不調の結果、指名替えが行われたとしても、それは業者にとって、予定価格を大きく上回るような積算しかできない工事の受注、すなわち、仮に予定価格内で請け負えば、採算割れが生じることが明らかな工事の受注という、いわば難を逃れたことにほかならず、何ら不利益と評価すべき事柄ではないと主張している。しかし、談合の存在を前提とすると、その構成員に等しく受注の機会や利益を与えるためには、談合組織が一定期間維持されること、コンスタントに受注を継続することが必須の要件であり、談合の誘因としては、一回限りの契約の可否よりも、指名替えを免れることの方に、より大きな意味を認めることができるのである。
また、横浜市の公共工事の入札において、種々の談合防止の措置が講じられていることは原告の主張するとおり(後記2(一))である。しかし、まず、公共工事の入札に参加するためには、建設業の許可を得ていること、かつ、当該発注機関の入札参加資格登録業者(入札への参加を希望する業者にあらかじめ発注機関に登録させ、その段階で業者の資格審査をする。)であることが必要である上、一般競争入札が実施される場合でも、公共工事の質の低下や工期の遅れを回避するために、入札参加業者に必要な資格をあらかじめ設定する「制限付一般競争入札」の採用を前提としている(地方自治法施行令一六七条の五、一六七条の五の二)こと、なお、指名競争入札が実施される場合にあっては、格付等級制が採られており、入札参加資格登録業者をより細かく分け、発注工事を一定の金額帯ごとにランク分けし、それぞれのランクに格付した業者の中から指名を行うことなどにより、入札参加業者の範囲には限定が付されている。したがって、現行の入札・契約制度上、一般競争入札方式にすれば談合を防止できるとはいえず、顔なじみ同士が競争者になって、談合形成の一因をなすことの危険を完全に払しょくするのは困難であり、入札参加者が限定されないなど制度の前提を異にする民事執行法上の不動産競売とは同列に論じられない。
(三) 事後的公表による弊害と業者の見積り能力について
入札・契約が既に終了した過去の工事に係る予定価格、設計単価等の情報公開、すなわち、事後的公表であっても、公開された設計内容との類似点・相違点等を基に、以降の同種工事の予定価格を類推することができるから、事前公表と同様の弊害を誘発することになる。
殊に、本件工事のような下水道処理場、ポンプ場の建設に係る電気・機械設備工事の発注は、寸法や容量の違いはあるものの、同じ種類の機器について繰り返し行われており、平成四年度から平成七年度までで毎年六七ないし一〇九件が実施されている。しかも、一定年数を経ると設備の更新・取替えが行われるものであるから、毎年のように同種工事が行われることになる。下水道の設備設計の積算体系にあっては、当該工事全体の工事費、すなわち、予定価格は、当該工事の主要な部分を占めている機器価格や既に公表されている経費率などを加算することで算出することが可能であるから、事後的にせよ予定価格、設計単価等を公表してしまうと、以降の同種工事の予定価格の把握を容易とし、その推測の精度を飛躍的に高める結果となる。
したがって、既に工事が終わった本件工事に係るものであっても、本件文書の「設計金額」等は、「公開することにより、横浜市の行う今後の契約締結事務の公正または円滑な執行に著しい支障を生じるおそれがある」といえるのである。
なお、原告は、入札参加業者にとって、入札の対象となる工事の予定価格を推測することはもともと容易なことであり、過去の工事の予定価格等が公表されたからといって、予定価格の推測の精度が飛躍的に高まることなどあり得ないと主張するが、そのような実態にないことは、先に述べたとおり、平成七年度に実施された入札において、大幅不調となった事例、一部又は全入札参加者の入札価格が最低制限価格を割った事例が少なからず生じていることからも明らかである。
原告は、建設省の公共事業に関する検討委員会が予定価格の事後的公表に言及しているというが、結論の方向を示したものではないし、予定価格の公表が時代の趨勢とはとてもいえない。
(四) 項目ごとの非公開理由について
被告が、本件処分において、「設計金額」「設計単価」「歩掛」「執行予定額」の各項目を非公開とした個別的な理由は、以下のとおりである。
(1) 設計金額
「設計金額」は、「設計単価」及び「歩掛」等を基に積算されている。この設計金額を公開してしまうと、次回以降の同種の業務を受注する際に、公開設計内容との類似点・相違点等から容易に後の設計金額を推測することが可能になる。
(2) 設計単価
本件処分で非公開とした「設計単価」は、機器単価(汎用品ではない特別注文の電気、機械機器等の単価)ないし労務単価である。これら「設計単価」を公開することは、積算体系上、「設計金額」を公開しているのと同様の結果を生じる。このうち、機器単価については、電気・機械機器の仕様(性能・規格・寸法等)を定め、これを基に数社の製造メーカーから徴した見積りを査定して、横浜市独自の単価を設定しているところ、これを公開してしまうと、見積査定内容が明らかになり、今後、同様の方法で設計単価を定める際、見積者が見積査定率等を考慮に入れた割高な見積りを提出するなど、適正な見積りが実施できなくなるおそれもある。また、労務単価は、建設省、運輸省、農林水産省の三省で公共事業労務費調査を行い、その調査結果を基に設定した工事費の積算等に用いる、いわゆる三省単価であるところ、これを公開してしまうと、使用者が三省単価を賃金の上限として利用したり、逆に労働者が賃金の要求額として利用したりするなど、賃金の誘導を招き、雇用関係に不当な影響を及ぼすおそれもある。このため、国からも労務単価の情報を厳正に管理するように求められているところである。
(3) 歩掛
一般にいう歩掛とは、機器単品や材料単位当たりの、据付け等の作業に必要な人工数をいうが、本件処分で非公開とした歩掛とは、単位当たりの歩掛に工事量を乗じて計算した人工数である。人工数を算出するための歩掛は、標準的な作業を想定して、建設省が定めた下水道用設計標準歩掛であって公表されている。しかし、施工条件等が異なる作業については、実績を勘案して補正することができ、標準的でない作業については他の歩掛を適用することができる。本件処分で非公開となった設計書記載の人工数は、右標準歩掛のほか、標準的でない作業については、実績を勘案したり、業者に見積りを作成させたりして、横浜市独自の歩掛を採用し、これに基づき積算したものである。したがって、これを公表すると、実績を勘案して補正する補正率が明確になったり、見積査定の内容が明らかになったりして、今後の見積りの実施に著しい支障が生じるおそれがある。
(4) 執行予定額
「執行予定額」については、設計金額を端数処理したもので、「設計金額」とほぼ等しい数値であるから、これを公開してしまえば、容易に「設計金額」を推定できることになる。
2 原告の主張
(一) 予定価格の公表が談合の誘因にならないことについて
予定価格の公表の有無と談合の成否との間には何ら因果関係がない。このことは、最低売却価格が事前に公告・公表されている民事執行法上の不動産競売の例をみても明らかである。不動産競売においては、伝統的に期日入札方式がとられていて、特定業者が入札機会を事実上独占し、談合によってあらかじめ落札者を定めるという弊害が各地でみられたところ、今日では、他の参加者の有無や範囲が分かりにくい期間入札の方式がとられることにより、談合のうわさも特に聞かれなくなっている。このことからも明らかなように、談合を誘発する要因は、入札参加業者が相互に連絡する機会を持つことにあり、予定価格を事前公表すること自体は談合の誘因にはならない。談合を排除するためには、一般競争入札の方式を導入すればよいのである。
横浜市の公共工事の入札においては、平成四年度以降、指名業者名を入札まで公開せず、業者間で被指名業者が誰であるかが判明しない制度を導入している。また、平成六年度以降、二一億六〇〇〇万円以上の工事については、一般競争入札を、一億円以上の工事については意向反映型指名競争入札を、それぞれ採用し、かつ、指名業者を一堂に集めて行う現場説明会を廃止するなどの談合防止の措置が講じられている。こうした現行のシステムの下では、入札参加業者が相互に連絡をとる機会を持つことは困難であって、談合が成立する余地は極めて小さなものとなっている。
一方、入札参加業者間に談合の意思と機会があるならば、予定価格等に関する情報がなくとも談合は成立し、しかも、予定価格(ないし、これをわずかに下回る価格)で契約を成立させることが可能である。すなわち、談合組織を構成する他の入札者がいずれも本命業者よりも高い札を入れることさえ合意されていれば、予定価格が事前に把握できておらず、本命業者を含む全員の入札が予定価格を上回ったとしても、再度の入札が行われるだけのことであり、それでも結果が変わらなければ、地方自治法施行令一六七条の二第一項六号に基づいて随意契約に移行し、最低価格で入札した本命業者が予定価格(ないし、これをわずかに下回る価格)で契約を締結することになる。この意味で、予定価格等に関する情報の入手は、談合成立の必要条件にはなっていないのである。予定価格等が公表されていないのに談合情報が相次いでいるということ自体が両者の間に因果関係がないことを証明している。被告の主張は、主観的抽象的な危険をいうにすぎない。
(二) 「最低制限価格割れ」の危険について
被告は、予定価格から最低制限価格を推測することができ、これによって、本命業者の入札価格が最低制限価格を下回る事態を回避することができると主張する。しかし、最低制限価格は、地方自治法施行令一六七条の一〇第二項の規定に基づき、個々の契約ごとに任意的に設定することが可能なもので、すべての入札に際して設定されているわけではないし、地方自治体の発注する工事のうち、一件二四億三〇〇〇万円以上の工事については、平成八年一月以降、最低制限価格は設定されないことになっている。また、横浜市の場合、最低制限価格が設定される場合、その価格は予定価格の一〇分の8.5ないし一〇分の七の範囲内でその都度定めることとされており(横浜市契約規則一三条の二)、予定価格に対する比率には一定の幅があるから、予定価格が公表されたからといって当然に最低制限価格が分かるものではない。
なお、被告は、最低制限価格を下回る入札があった事例を採り上げ、そうした事態が皆無ではないと主張するが、右の事例は、入札参加業者間の競争が維持されている場合に、最低制限価格の推測が困難であるという理由から、これを下回る入札が発生し得ることを示しているにすぎない。後記(四)のとおり、専門業者にとって予定価格の把握は容易な事柄であるから、談合が成立しており本命業者が意のままに入札価格を決定し得る条件が整っている場合において、本命業者が予定価格を一五ないし三〇パーセントも下回る最低制限価格を更に割り込むような入札をあえて行うわけがない。すなわち、談合が成立している場合において、本命業者の入札価格が最低制限価格を割り込む危険など、そもそも存在しないのである。
(三) 「指名替え」の危険について
最低入札金額が予定価格を超過した場合に、同一の指名業者の下で再度の入札も実施せず、随意契約へ移行することもないままに、入札を打ち切り、改めて別件として公告なり業者指名をした上で入札を行うことは、法令上禁止されてはいないが、実際上は極めてまれなことである。ちなみに、総務庁行政監察局が実施し、平成八年三月二八日に発表した「公共工事の発注事務に関する調査」(国の各省庁及び特殊法人が平成五年四月から平成七年一月までに発注した契約が調査対象)によれば、契約締結までの入札経緯として、①当初の入札手続によって落札した件数二五九三件(このうち、入札回数二回以内が二三七一件、三回以上が二二二件)、②随意契約に移行した件数二八四件、③再度の公告又は指名替えを実施した件数五件となっている。右調査結果によれば、調査対象のうち、③の占める割合は0.2パーセントにも満たないのである。よしんば、指名替えの可能性は絶無ではないにせよ、最低入札金額が予定価格を大幅に上回るということは、当該工事を予定価格以下で請け負うことが業者にとって負担にこそなれ、請け負えてありがたいものではないことを意味し、指名替えという事態は、業者にとっていわば難を逃れることになる。そうだとすると、予定価格が事前に判明して指名替えの事態を免れることができたとしても、談合を魅力的なものにするなどとは到底いえないところである。
なお、被告は、仮に予定価格を把握していなければ、本命業者が予定価格を大幅に超過する入札を行ってしまうような工事(いわば、予定価格の水準で請け負えば、利益の確保が見込めないような工事)においても、談合組織とすれば、予定価格を知ることにより、本命業者が利益を度外視しても予定価格の範囲内での入札にともかくも応じ、指名替えという事態を避けることができるし、それは、継続的に受注することにより利益を得ている談合組織の維持・継続に大きく資することになるとも主張している。しかし、談合組織が確立していて、構成員が本命業者となるローテーションがあらかじめ合意されているような場合には、たとえ指名替えのため、本命業者が落札の機会を失ったとしても、指名替え後の業者が表向きの施工業者となりつつ、本命業者が実際には施工するという方法(「裏ジョイント」と称する。)をとったり、別工事について本命業者を変更したりするなどの方法で調整すれば足りる話である。しかも、入札が不調になって指名替えの事態が生じれば、予定価格の見直し(増額)を発注者側に促すことになるので、談合組織、その構成員の利益にも適った結果となる。要するに、予定価格の大幅超過による指名替えという事態は、談合組織の維持・継続に関しては、何ら不都合をもたらすものではないのである。また、予定価格が分かっていようがいまいが、本命業者が落札できないという不測の事態は、談合組織外の業者(アウトサイダー)が落札することによっても生じ得ることであり、指名替えが生じた場合にも、これと同様に対処すればよいのである。
(四) 業者の見積り能力、予定価格を事後的に公表することの意義について
予定価格は、取引の実例価格、需給の状況、履行の難易、数量の多少、履行期間の長短等を考慮して適正に定められるものであり、専門業者にとって公表されている資料等から予定価格を近似的に把握することは極めて容易な事柄である。したがって、仮に、予定価格を事後的に公表してみたところで、何ら新規・特別の情報を市場にもたらすことにはならず、将来の同種工事における予定価格の推測の精度を高めることにもならない。
被告は、過去の工事についての予定価格等の情報は、将来の予定価格などの推測の精度を飛躍的に高める旨主張するが、この点について、手持ちの資料により十分実証しうるはずであるのに、何ら具体的な主張・立証をしない。
被告が指摘する横浜市財務局が平成七年度中に発注した工事三五二九件(前記1(二))をみても、入札者全員が予定価格を大幅に超過した割合は1.3パーセント(四七件)、入札者全員が最低制限価格を下回った割合は0.45パーセント(一六件)と、いずれもわずかな割合にとどまっており、このことは、業者の積算能力がいかに高いかを示すものである。しかも、右件数には、契約金額の多寡にかかわらず、すべての工事が含まれており、工事の入札参加業者には、零細な業者も含まれている。本件工事に関係するような大手機械・電気メーカーに限れば、その積算能力は零細な業者よりもはるかに高いものであるから、本件工事に関する予定価格等が事後的に公表されたとしても、有意な情報を与えることにはならない。
さらに、昭和五七年以来、建設省の通達により入札結果公開制度が導入され、建設省直轄のすべての公共工事の「入札者名及び各入札者の各回の入札金額」が公表されており、このことからも、工事の予定価格を近似的に把握することは極めて容易になっている。例えば、入札回数が二回以上実施されたような場合には、最終回の入札における落札価格が予定価格以下であること、その一回前の入札における最低価格が予定価格を超えるものであることが分かるので、結局、予定価格は右落札価格と最低価格との間に設定されていることが明らかになる。ちなみに、総務庁行政監察局が実施した前記「公共工事の発注事務に関する調査」によれば、指名替え、随意契約に移行することなく、当初の入札手続によって落札した件数二五九三件のうち、入札回数二回以内が二三七一件、三回以上が二二二件となっており、入札が二回以上実施されている割合がかなりあると見られることからして、公表された入札金額から予定価格を正確に把握できるケースは、全体の二割や三割にとどまるものではなく、相当程度に及んでいると推測される。
(五) 被告が主張する項目ごとの非公開理由について
機器単価の見積りを徴する場合、仮に、業者が見積り査定率等を考慮した割高な見積りを提出したとすると、本番の入札において指名が受けられなくなるおそれが生じることになる。したがって、見積り査定率等が判明したとしても、見積りを求められた業者が恣意的に過大な見積りを行うという被告主張のような事態は通常起こり得ないと考えるべきである。
労務単価に関しては、三省が実施している公共事業労務費調査の結果は一般に公表されている。過去の工事において現実に用いられた労務単価、すなわち、三省単価と右調査の結果との違いは明らかではないが、いずれにしろ、将来の工事において用いられるであろう労務単価そのものではなく、これを推測させる資料となるにすぎない。公表済みの労務費調査結果に加えて、三省単価が公表されたところで、将来の工事における労務単価の推測がより容易になるとする根拠はない。
(六) 予定価格を公表することの積極的意義とこれをめぐる動き
予定価格等に関する情報の公開は、納税者である国民が公共工事に関する予定価格等が適正かどうかを客観的に吟味する上で必要不可欠であって、公開による公益の伸張は極めて大きいといえる。公共工事の発注にあたる部局には、私企業と異なり、コストダウンよりも予算規模の拡大の方に関心を持つという傾向がしばしば見受けられ、このような場合、担当部局が積算に際して無駄な支出を削減しようと意識的な努力を発揮することは必ずしも期待できない。また、公共工事における予定価格の設定水準それ自体(民間工事の単価と比べて高く設定されている。)に談合を助長する要因があるといえる。適正な予定価格を確保するためには、資料をブラックボックスの中に置いて行政の自律にゆだねるのではなく、これを公表して広く識者の検討・批判を求めるほかはなく、そのことがまさに業界の談合体質を根絶する方向への第一歩といえる。
ちなみに、アメリカ合衆国政府の発注する公共工事の主な担当機関である内務省開拓局では、発注者の積算は、入札書の開封直後に、その総額のみ公表され、落札者が決定した後(通常、開封後三〇日以内)、個々の単価も、入札者の単価とともに公表されている。これは、公共工事にかかわる契約手続の透明性を確保し、税金の無駄遣いがないかどうか、納税者がチェックする機会を保障する趣旨である。
建設省は、平成八年四月に官房長を委員長とする「公共工事の効率的・効果的実施についての検討委員会」を設置し、公共工事に関し、いわゆる「重点化」「効率化」「透明化」を推進する方策の検討を開始した。右検討委員会が平成八年八月一二日にとりまとめた中間報告によれば、「透明化」の一方策として、「入札後に予定価格と実際の落札価格との乖離状況を公表するなど積極的な情報開示も検討していく」ものとされる。落札価格自体は既に昭和五八年から公表されているから、これは、予定価格自体の事後的公表に言及していることにほかならない。また、平成六年一〇月には、当時の与党の一画をなす新党さきがけから、連立与党三党によって構成される「行政改革プロジェクトチーム」に対し、「予定価格の事前公表」を含む公共工事入札制度改革案が提案されている。仮に、被告が主張するとおり、予定価格の事後的公表によって、契約締結事務の公正又は円滑な執行に著しい支障が生じるおそれがあるというのであれば、建設省が右のような検討作業を開始したり、与党内から右のような提言がされるはずがなく、予定価格等を事後的に公表することが公共契約の適正性を確保する上で必要不可欠とする考え方は、今や時代の趨勢であるといってよい。
(七) まとめ
公文書公開条例は、公文書の公開を原則とするものであって「実施機関は公文書の公開等を求める市民の権利を十分に尊重して」条例の解釈・運用を行うことが要請されている(三条)。そして、例外たる非公開事由たる「執行に著しい支障が生じるおそれ」という要件は、単に実施機関の主観において、そのような支障が生じると判断されるだけでは足りず、そのような支障が具体的に存在することが客観的に明白であることを要する。しかしながら、右の点に関する被告の主張・立証は全く具体性を欠いている。
第三 当裁判所の判断
本件の争点は、公文書公開条例九条一項六号所定の非公開事由があるか否かであるが、具体的な争点は、双方の主張に従えば、前記第二の二のとおりであるから、以下これらの点について判断する。
一 まず、入札参加業者が公共工事の予定価格を事前に把握していることが、談合を行う上での誘因として機能するかという点について判断する。
1 証拠(甲一八ないし二〇号証、乙五号証の一ないし五、証人池谷充隆、弁論の全趣旨)によれば、以下のとおり認められる。
国及び地方自治体が行う請負工事に関しては、一般的に入札制度がとられ、発注者があらかじめ定めた予定価格以下の最低入札価格で入札した者を契約の相手方とする制度が採用されている。ただし、工事又は製造の請負契約については、適正な履行を確保するために特に必要である場合、最低制限価格を定めることができる(地方自治法二三四条三項、同法施行令一六七条の一〇第二項、一六七条の一三)。
横浜市が行う入札には、一般競争入札及び指名競争入札があるが、被告主張のとおり、一般競争入札については、入札参加資格登録業者としてあらかじめ登録されることが必要であり、指名競争入札については、発注工事の金額に応じて業者の格付等級(ランク)制がとられるなど、入札参加業者の範囲には、一定の限定が付されている。
そして、入札について最低札業者の入札価格が予定価格を上回った場合は、再度入札に付されるが、再度の入札に付しても落札者がいない場合、横浜市では、小幅不調の場合は、最低入札金額の入札者との間で随意契約の協議を行うこととされ、大幅不調の場合は、発注者の積算に誤りのない限り、入札業者の指名替えを行う。
横浜市財政局が平成七年度に発注した工事の入札件数三五二九件のうちで、最低入札金額が最低制限価格を割ったものが二一九件、このうち、入札者がすべて最低制限価格を割ったものが一六件、最低入札金額が予定価格を大幅に超過して指名替えを行ったものが三九件ある。
横浜市では、談合を防ぐために、平成四年度以降、指名競争入札において、指名業者名を入札まで公開せず、業者間で被指名業者が誰であるかがわからない制度にし、また、平成六年度以降、二一億六〇〇〇万円以上の工事については一般競争入札を、一億円以上の工事については原則として意向反映型指名競争入札を採用し、さらに指名業者を一堂に集めて行う現場説明会を廃止した。
2 右のような制度の下では、仮に予定価格についての情報を入手しないまま談合を行った場合、最低札業者の入札価格が最低制限価格を下回って失格し、落札を予定していなかった他の業者が落札したり、あるいは、最低札業者の入札価格が予定価格を大きく上回り、指名替えの措置がとられて、最低札業者、談合組織外の業者が落札したりするなどの事態が生じる可能性があることは否定できない。このことは、横浜市財政局の前記統計からも裏付けられているといえる。右のような事態が生じてしまえば、談合組織内における工事の割当て、利益の分配を予定どおり実行することができず、落札業者の振分けについて計画変更を余儀なくされることになるから、談合組織にとって不都合となることは明らかである。一方、予定価格が事前に判明していれば、談合組織としては、右のような事態を回避して、工事の割当てを確実に実行することができるというメリットが生じると考えられる。
しかも、予定価格が事前に判明していれば、本命業者の入札価格(落札価格)を予定価格直下に設定することができ、落札業者、談合組織の得る利益を最大限確保することが容易になるから、談合組織にとって極めて大きな魅力である。最低制限価格割れや指名替えが生じる危険、本命業者が予定どおり落札できない危険を回避できるという利益も、談合組織を維持・存続させて構成員に計画的に利益を分配するという長期的な観点から無視できないものではあるが、談合を行うことで個々の業者の利益が伸長することが最低限の前提条件といえるのであるから、談合組織にとってみれば、当該工事を落札業者がどれだけ高い価格で受注できるかということの方が直接的な利害にかかわり、より大きな関心の対象となる事柄といえる。予定価格の設定された入札において、本命業者の入札価格を可能な限り高く設定し、利益を最大限確保するための確実な方法は、右入札価格を予定価格直下に設定する以外に考えられない。このことだけを取り上げても、入札参加業者が予定価格を事前に把握していることは、談合を行う上での誘因として機能するということができる。
3 そこで、次に右の点に関する原告の主張・反論について検討を加える。
まず、原告は、前記認定のような種々の談合防止措置が講じられている横浜市のシステムの下では、入札参加業者が相互に連絡をとる機会を持つことは困難であって、談合が成立する余地は極めて小さいと主張し、それが一定の成果をあげていることは十分考えられる。しかし、いうまでもなく談合は犯罪行為であって、秘密裏に行われることをその本質とするから、その実態・全容が明らかになることは期待し難いところである。そして、証拠(証人池谷充隆・弁論の全趣旨)によれば、横浜市においても、談合の存在を確認するまでに至らなかったものの、落札予定者名等に関する談合情報が事前に寄せられることがあり、右情報を前提に談合の有無についての具体的な調査を行った場合もあるというのであり、種々の談合防止策が講じられている他の地方公共団体等においても、公共工事について談合情報に関する報道が跡を断たないことも事実である。前記認定のように、公共工事の入札は、民事執行法上の不動産競売とは異なり、入札に参加できる者の範囲が特定業種の工事業者に限定されているから、同業者の団体を介するなどして入札参加者同士が連絡をとる機会を持つ可能性も無視できない。談合がひとたび実行されれば、地方自治体の健全な財政運営が詐欺的手段によって阻害されることになり、その法益侵害の度合いは著しく大きなものがあるといえるから、談合が行われる可能性がある以上、それがたとえ小さなものであったにせよ、無視することはできないのであって、可能な限り談合防止のための措置を講ずることには意義があるといえる。
次に、原告は、最低制限価格は全工事について設定されているわけではないこと、予定価格の一五ないし三〇パーセントという割合で定められていて一定の幅があり、予定価格から直ちに推測できるものではないことから、予定価格が把握できても、最低制限価格割れの価格で入札する危険を回避できるというメリットは生じないと主張している。確かに、既にみてきた入札制度、予定価格と最低制限価格との関係に照らすと、談合組織としては、予定価格を把握し、その直下での落札さえ実現できれば目的は達成できるのであり、最低制限価格割れという事態の回避は、右目的を達成する過程で当然に実現することのできる副次的産物とでもいうべきものである。この意味で、最低制限価格割れという事態の回避は、談合組織にとって独立したメリットとして過大視することはできないともいえるが、仮にそうとしても、談合を行う上で、予定価格が事前に把握できることのメリットが減じられることにはならない。
一方、原告は、入札参加業者にとって予定価格の把握は容易な事柄であるから、談合が成立している条件の下で、予定価格を一五ないし三〇パーセントも下回る最低制限価格を更に割り込んだ価格で入札する危険などそもそも存在しないとも主張している。業者がどの程度の見積り・積算能力を有するのかを客観的に把握するのは困難ではあるが、先にみた横浜市財政局が平成七年度に発注した工事の前記入札件数(三五二九件)中、最低入札金額が最低制限価格を割ったもの(二一九件)、入札者全部が最低制限価格を割ったもの(一六件)、最低入札金額が予定価格を大幅に超過して指名替えを行ったもの(三九件)がそれぞれ占める割合をみれば、入札参加業者にとって予定価格の把握が容易な事柄であるという実情にあるとはにわかに認め難いというべきである。原告が主張するように、最低制限価格割れが生じた場合に関しては、価格競争、企業努力の結果、予定価格を著しく下回る入札価格が実現できたものであり、入札参加業者の予定価格把握能力と無関係な事柄と解する余地もあるが、大幅不調による指名替えが生じた場合に関しては、あらかじめ予定価格を把握していながら、参加を辞退することなくあえて予定価格を大きく上回る入札を行うとは通常考えにくいのであって、入札参加業者の予定価格把握能力が必ずしも高いものではないことを示しているといえる。
さらに、原告は、大幅不調に伴う指名替えの危険について、その危険性は極めて小さく、しかも、大幅不調によるような工事は採算がとれないものであるから、これを受注できなかったとしても本命業者、談合組織にとって何ら不利益はないと主張している。そして、指名替えの危険性の程度については、原告主張に副う総務庁行政監察局の調査(甲二〇号証)があるが、横浜市の実情は前記認定のとおりであるし、談合が行われているという前提に立てば、そこでは、そもそも十分な価格競争が行われているとはいえないのであるから、最低札業者の入札価格が、企業努力を払った末の真摯な見積りに基づくものになっているという保障はない。そうすると、仮に、右入札価格と予定価格との乖離が大きく、大幅不調、指名替えが生じた場合であっても、当該工事を予定価格内で請け負うことが直ちに不採算を意味するものではなく、本命業者、談合組織にとって常に不利益をもたらすとは限らないはずである。また、原告は、指名替えとなっても、他の工事の本命業者を変更することで工事の割り振りは調整できるから、談合の目的は達成可能であるとするが、いったん定めた割り振りのとおりに落札業者が決まって、指名替えなどが生じず、調整作業も不要である場合の方が、談合組織にとって好都合であることは明らかであって、指名替えの危険を回避できることに一定のメリットがあることは認めざるを得ない。
以上によれば、原告の主張はいずれも理由がなく採用することができない。
二 次に、既に実施済みの本件工事に係る「設計金額等」が公開されることによって、入札参加業者は、将来実施される公共工事の予定価格をより正確に把握することが可能になるかという点について判断する。
1 証拠(甲三号証の一、乙四号証、弁論の全趣旨)によれば、以下のとおり認められる。
本件文書の記載事項のうちで非公開とされた「設計金額」「設計単価」「歩掛」「執行予定額」の内容は、前記第二、一3のとおりであるが、別紙工事目録一三記載の「平沼ポンプ場電気設備工事」に係る別紙一「下水道事業団工事請負設計図書送付一覧表」記載番号13の「設計書」を例にとり更に詳しくみると、次のようになる。すなわち、「設計金額」(請負工事費)は①工事価格と②消費税相当額とからなり、右①工事価格は、③工事原価と④一般管理費(工事原価に対し公表されている率で算出)からなる。右③工事原価は、⑤直接工事費と⑥間接工事費とに分かれ、右⑤直接工事費は⑦機器費、⑧据付費(資材費や労務費)、⑨試運転費(労務費)に、右⑥間接工事費は⑩共通仮設費、⑪据付間接費(いずれも定められた率により算出)とに、それぞれ分かれている。右⑩共通仮設費は、⑫運搬費・準備費、⑬仮設費、⑭営繕費、⑮技術管理費、⑯安全費に、右⑪据付間接費は、⑰据付工間接費、⑱現場間接費に、それぞれ細分されている。右①ないし⑱の項目ごとに「設計金額」が記載されているが、さらに、右⑦の機器費についてみると、「高圧閉鎖配電盤」「高圧コンビネーションスタータ」といった機器の種別・種目ごとに、「細目・形状・寸法」と「設計金額」とが記載されている。右⑧の据付費についても、「高圧ケーブル」「低圧ケーブル」といった据付け作業の対象となる資材の種別・種目ごとに、「細目・形状・寸法」と「設計単価」とが記載されている。また、右⑧の据付費のうちの「電工」「普通作業員」「工場派遣作業員」の項目については、右作業に必要な労務費の数量(人工数、すなわち、「歩掛」)、「設計単価」、両者を乗じた「設計金額」が記載されている。
2 本件処分においては、一八件の工事について、右①ないし⑱の各項目に係る「設計金額」「設計単価」「歩掛」がすべて非公開となっているが、右でみた具体的な積算の過程からすると、本件工事の予定価格、「執行予定額」自体は明らかにならなかったとしても、右①ないし⑱の項目に関する「設計金額」「設計単価」「歩掛」が明らかになれば、予定価格は容易に積算することが可能になるといえる。なお、一定の率により算定する経費についても、これを明らかにすることにより、設計金額が明らかになってしまう。また、労務費の単価は、被告主張の三省単価に基づいて算出されるが、三省単価は公開されていない。
3 翻って、過去に実施された本件工事の「設計金額」「設計単価」「歩掛」「執行予定額」から、将来行われる同種工事の予定価格を推測することが可能かを考えてみるのに、本件工事のような下水道処理場、ポンプ場の建設に係る電気・機械設備工事については、弁論の全趣旨によれば、注文が繰り返されることが多いと認められるので、まず、同種工事であれば、事前に開示される設計図書、仕様書等の内訳において、同種の機器や作業内容等が含まれている場合が多いと考えられるから、本件工事における項目ごとの「設計金額」「設計単価」「歩掛」を積算に利用すれば、予定価格の推測がより正確に行えるようになるといえる。また、工事全体に係る「設計金額」「執行予定額」については、同種工事とはいえ、機器や作業内容等の内訳が厳密に一致する工事が行われることは稀であろうから、右「設計金額」「執行予定額」だけから将来行われる工事の予定価格を直接的に推測することは困難と思われるが、本件工事における設計図書、仕様書等と将来行われる工事におけるそれとを比較対照し、設計内容の類似点・相違点等(前記のとおり、「設計書」には、機器や資材の種別・項目ごとに「細目・形状・寸法」の記載がある。)を基準に加減して積算していけば、少なくとも、予定価格を推測する上で有用な資料になり得るといえる。
4 原告は、予定価格等の事後的公表に実質的意味がないとして、専門業者が予定価格を近似的に把握することは極めて容易な事柄であるというが、必ずしもそのようにいえないことは、既に一2で述べたとおりである。また、原告は、昭和五七年から行われるようになった入札結果公開制度(甲一五号証)に基づいて入札金額が事後的に公表されるために、終了した工事の予定価格を把握することは極めて容易になっていると主張する。しかし、総務庁行政監察局の報告書(甲二〇号証)について、原告の主張する方法で調べても、予定価格を把握できるのは、入札回数が二回以上にわたった場合に限られ、しかも、一定の範囲内にあることが分かるだけであるから、その精度には限界があるというべきである。ましてや、その内訳となる「設計金額」「設計単価」「歩掛」までもが明らかになるわけではない。
5 右のとおりであるから、本件文書の記載事項のうちの「設計金額」「設計単価」「歩掛」「執行予定額」は、いずれも、将来行われる同種工事の予定価格の推測を容易にするといえる。
三 以上のとおり、入札参加業者が公共工事の予定価格を事前に把握していることは、談合を行う上での誘因として機能すること、本件文書に記載された設計金額等が公開されると、将来行われる同種工事の予定価格を推測することを容易にすることを、いずれも肯定することができる。要するに、本件工事の設計金額等を公開することは、将来行われる同種工事において、入札参加業者が談合を行う誘因を形作るといえるのであるから、右設計金額等は「市が行う契約に関する情報であって、公開することにより、当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に著しい支障が生ずると認められるもの」という公文書公開条例九条六号所定の公開しないことができる文書に該当するといえる。したがって、その余の被告の主張について判断するまでもなく、これを非公開とした本件処分は適法というべきである。
なお、原告は、設計金額等は、納税者である国民が横浜市における公共工事の予定価格の設定等が適正かどうかを検証する上で必要不可欠な情報であり、その公開には積極的意義があり、また、その公開は、建設省等も検討しているなど時代の趨勢であり、むしろ談合を防止することにもなるから、設計金額等を非公開とした処分の適否も、右積極的意義を斟酌した上で判断されるべきである旨主張する。確かに、公文書公開条例においても、「公文書の公開等を求める市民の権利を明らかに」し、「市政に対する市民の理解を深め、市民と市政との信頼関係を増進し、併せて市民生活の利便の向上を図り、もって地方自治の本旨に即した市政の発展に資すること」を条例の目的と定めている(一条)ほか、「実施機関は、公文書の公開等を求める市民の権利を十分に尊重してこの条例を解釈し、運用するものとする」と定めている(三条前段)とおり、市政運営の適正さを確保する上で、市民による公文書の公開等が積極的な機能を果たすことも当然に念頭に置かれていると解することができる。しかしながら、公文書公開条例九条の定めにおいては、公開をしないことができる文書が個別的に列挙されているだけであるから、非公開とすべき文書に該当するか否かを判断するにあたり、公開による弊害と積極的意義とを比較衡量することは予定されていないというべきである。のみならず、確かに、予定価格を公表すべきであるとする考え方(甲一二号証、一四号証、一六号証等)がある一方で、これに疑問を示す考え(乙一、二号証)も有力であるなど、この問題について、国民的合意が得られているともいえない(乙六号証も入札等に関する情報の公表等の一層の推進方法等について検討を行うとするだけであり、甲二一号証もその趣旨を出るものではないと解される。)。
また、原告は、公文書公開条例九条一項六号所定の非公開事由については、単に横浜市の実施機関の主観において、事務事業の執行に著しい支障が生じると認められるだけでは足りず、そのような支障が具体的に存在することが客観的に明白であることを要すると主張している。しかし、一、二で判断したところによれば、本件文書の「設計金額」等を事後的に公表することが、談合の誘因となり、横浜市の行う契約締結事務に著しい支障を来しかねないとすることには、客観的かつ合理的な根拠があるといえるから、それが横浜市の単なる主観的判断にとどまるものではない。さらに、原告は、非公開文書とするためには、右支障の存在が客観的に「明白であること」を要すると主張するが、にわかにそのように解すべき根拠は見当たらないというべきである。
四 以上のとおり、本件処分は適法であり、原告の請求は理由がないので、棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官浅野正樹 裁判官吉田徹 裁判官近藤裕之)
別紙工事目録<省略>